宮城県の現地情報

埋められた仏像

宮城県黒川郡、大和町吉田に存在する船形山神社では、五月の一日の例祭日に、『船形山神社の梵天ばやい』という行事が開かれます。

これは、詳しい場所は不明ですが、船形山中の洞窟から『銅造菩薩立像』という仏像を運び出し、薬師堂にて開帳され、社殿に奉納されていた梵天(仏像の一種)を参拝者達の中に投げ入れるというものです。

参拝者達は、この投げ入れられた梵天を激しく奪い合い、この光景は宮城県の無形民俗文化財に指定されています。

この祭事の際に開帳される『銅造菩薩立像』は、船形山神社の御神体とされていて、五月一日の祭礼以外の日は船形山中の秘密の場所に埋められているそうです。

船形山神社では『保食神』(うけもちがみ)を信奉しています。

これは山という様々な恵みを齎す場所を、同じく恵みを齎す保食神として見立てたものです。

保食神とは、『日本書紀』に登場する神であり、同じく神である『月夜見尊』(つくよみ)に切り殺され、死んでしまいます。

しかし、その屍からは、牛馬、粟、蚕、稲、稗、麦、大豆、小豆などが生まれたと言われています。

船形山神社では、その他にも、十二神将像で有名な、『十二神将』(仏教を守護する神)や、日本では福の神として名高い『大黒天』などを祀っています。

上記の御神体『銅造菩薩立像』は、北魏時代の様式を残していて、北魏時代の流れを汲む朝鮮三国時代の製作と推定されています。

しかし、この神社では保食神も祀っている――――つまり、前後関係を考えると、『銅造菩薩立像』が後から船形山神社に来た可能性がある訳です。

後から来た仏教側の流れが本流となり、御神体として扱われる。

何だかおかしな話ですよね。

この神社だけではなく、神社で仏像を祀っているという場所はすくなくありません。

それには、日本古来の信仰と、仏教側の信仰の差異が関係あるのではないかと私は考えます。

日本古来の信仰は『八百万の神』を奉る――――つまりどんなものにも神は宿っているという考え方の信仰です。

これはどういう事かと言うと、崇める『物体』。

具体的な『物』が必要ないという事であります。

信仰の対象である神が、身近というか自然、または生活の中に存在しているのですから(火なら火を、木なら木をそのまま信仰するという事です)わざわざ偶像を作る必要が無いのでしょう。

これは諸外国でも見られる『精霊信仰』というものの一種でしょう。自然という神に人格を与え、形にするのです。

しかし仏教側は『仏像』と言う、具体的な『物』が必要になってしまいます。

それは『仏像』または『仏』というものが自然にも、生活にも存在していないからです。

仏はあくまで仏であり、それを信仰するには具体的な形として『物』が必要になるのです。

それが『仏像』というものなのです。

以上の点から、自然というふわふわしたものではなく、具体的な形を与え、信仰を集めやすい『仏像』というものが存在している仏教の方が人気を集めやすい傾向にあります。

神社側としても、そういった具体的な信仰を集めるものがある方が信仰を集めやすいのでしょう。

そうすると自然と参拝者は増えますし。

故に仏像を同時に祀っている場所が多いのではないでしょうか?

仏教の凄い部分は、こういった形で地域の信仰の中に入り込める事だと思います。

排除や拒絶するのではなく、『取り込む』のです。

上記の文章は私見ですので、他愛の無い戯言として流して下さい。

船形山神社という神社は、仏教と神道の上手に交じり合った様が感じられる、そんな神宮です。

もし貴方がこの神社の近辺に訪れる機会があるならば、尋ねてみてはどうでしょうか? 

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